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Horsemade Landscape - 馬とつくる風景

Horse Farming — 馬耕を知る

その仕事と歴史
北海道の田んぼで犂を引く農耕馬/農園と森オシアンクル

1. 馬耕とは

馬に犂(すき)を引かせて田畑を耕す農業技術のことを「馬耕」といいます。

犂とは土を切り起こすための農具です。馬の力で犂を引き、土を深く掘り起こし反転させ、空気を含ませ、雑草の根を断ち、作物が育ちやすい土壌をつくります。

オシアンクルでは、犂だけでなく用途に応じて様々な道具を引かせ、春の田起こしから、代かき(田植え前に土を水でならす作業)、秋馬耕まで、馬耕は米づくり・野菜作りのあらゆる場面でトラクターや耕運機ではなく馬力を活かした作業をしています。

馬耕犂(すき)…馬と耕す為に作られた犂。土を切り起こし、反転させます。かつては全国で様々な農機具会社が創意工夫しその性能や機能が向上していきました。洋式の馬耕で使うプラウと大きく異なる点は、犂先の傾きをレバーで左右に切り替えることができる為、田畑を往復しながら作業をすることができます。小回りも効き、さらに深さ調整やカーブを描いて耕す事も用意です。稲作文化のある日本ならではの、田んぼに適した道具です。

馬鍬(まんが)…複数の歯が並んだ熊手状の農具で、水を入れた田んぼで使用し、馬に引かせて土を細かく砕きます。
カルチベーター、乗用ディスクハローなど…犂で土を起こす作業は畑も同じですが、その後に野菜の種を蒔く準備、畝立て、土寄せなどにも様々な馬耕道具を引かせる事でそれぞれの作業をする事ができます。

馬の力は人力の5〜10倍ともいわれ、かつては1ヘクタールの田を耕すのに人力では何日もかかるところを、馬耕なら大幅に短縮できました。(出典:コトバンク「世界大百科事典」)トラクターが登場する以前は、馬耕は無くてはならない作業だったでしょう。
しかし馬耕の利点は単に耕す事だけではありません。馬が必要とする燃料は草や水といったクリーンエネルギー。温室効果ガスも発生しません。さらに馬の歩みは土壌へのインパクトが少ないためトラクターによる作業と異なり「硬盤層」を作ることがありません。
作物の根が深く伸びることを阻害せず、水捌けを保ち、微生物の豊かな土壌を守ります。馬糞を堆肥化し田畑に還す事で循環型農業も可能となります。

​馬耕は、この現代にこそ見直されるべき、最も理にかなった農の技術なのではないか、と考えています。

2. 馬耕の歴史

起源と広がり

日本における牛馬耕の歴史は古く、鎌倉時代頃には西日本を中心にすでに行われていたとされています。当時使われていた犂は「長床犂(ながとこすき)」と呼ばれる大型のもので、安定性は高いものの小回りが利かず、不整形な田には向きませんでした。

明治期の革命——乾田馬耕の普及

馬耕が日本全土に広まった最大の契機は、明治時代の「乾田馬耕(かんでんばこう)」の普及です。水を抜いて乾かした田を馬で深く耕すこの農法は収量を飛躍的に高め、明治農法の中心と位置づけられるほどの革新でした。(出典:水土の礎「明治農法の受皿、田区改正」)

この普及を支えたのが犂の技術革新です。長床犂の安定性と、北九州で使われていた無床犂「抱持立犂(だきもちたてすき)」の深耕力、その両方の長所を合わせた「短床犂(たんしょうすき)」が各地で改良されながら完成し、深耕と多収を可能にしました。(出典:同上)

そして普及を担ったのが「馬耕教師」と呼ばれる技術指導者たちです。明治34年(1901年)、秋田県由利郡では郡内を4区に分け、各区に馬耕教師1名を配置して農家への技術指導を行っていたことが記録に残っています。(出典:由利本荘市矢島町「乾田馬耕の普及」)

競耕会——馬耕はオリンピックだった

馬耕が盛んだった時代、各地で「競耕会(きょうこうかい)」と呼ばれる競技会が開催されていました。犂をいかにまっすぐ、深く、美しく入れるか。農家たちが技術を競い合うその様子は、まるでオリンピックのようだったと記録されています。

最初の競耕会は明治13年(1880年)、福岡県粕屋郡での開催が記録に残っています。その後佐渡、熊本など各地に広まり、町村単位の競耕会から郡大会、県大会へと規模を拡大していきました。昭和11年(1936年)には東京市駒沢牧場で「全国役馬競技大会」が開催されるまでに至りました。(出典:香月洋一郎『馬耕教師の旅』法政大学出版局)

採点は5項目——犂具の装置(20点)、技術(30点)、畔形(30点)、深耕(20点)、時間——にわたる厳密なものでした。競技当日は鶏鳴き暁の頃から会場入りが始まり、200名を超える参加者と観客で埋め尽くされ、露店も並ぶ祭りのような賑わいだったといいます。太鼓の合図で一斉に耕し始め、競技が終わると賞状や賞品が授与されました。(出典:同上)

馬耕はただの農作業ではなく、誇りと腕前を示す晴れの場でもあったのです。

衰退——昭和30年代の転換点

馬耕が急速に姿を消したのは昭和30年代(1955年前後)のことです。1953年に農業機械化促進法が施行され、化石燃料で動く耕運機やトラクターが普及しました。わずか10年ほどの間に、それまで当たり前だった馬との農作業は消えていきました。

3. 馬耕とオーガニックファーム

馬糞堆肥という循環

馬は草を食べ、田畑を耕し、糞を出します。その糞は堆肥となり、土に還ります。

外から化学肥料を投入しなくても、馬がいるだけで土に栄養が循環していく。これは馬耕がもたらす最も根本的な恩恵です。

馬糞堆肥は窒素・リン酸・カリウムをバランスよく含み、さらに有機物として土の微生物を活性化させます。

微生物が豊かになった土は団粒構造が発達し、水はけと保水性を同時に高めます。化学肥料では決して作り出せない、生きた土壌がそこに生まれます。

 

馬耕で土が変わる

馬耕で土を起こす、そしてハローをかけて土を砕いて均す。と、トラクターのロータリーで細かく耕した畑。見た目はいかにも後者の方が均一で美しい畑の土だと感じるかもしれません。しかし、機械で土と一緒に粉々にされた雑草の根は、それだけの数だけまた根を張り直し元に戻ろうとします。一方、ざっくりと起こされた馬耕の畑では雑草が株ごと土中に沈み込むものもあれば浮き上がってそのまま枯れる。もしくは人の手で取り除く事ができる。その後の畑の様子が明らかに違います。土が良くなれば生えてくる雑草も変わってくる。作物をそれほど邪魔しない草に。
馬は畝と畝の間を歩いて(野菜も食べずに!)道具を引かせて中耕除草作業もできます。

耕す行為そのものが雑草管理を兼ねる。馬耕と有機農業の相性が良いのはこうした理由からです。

 

持続可能性

有機農業が目指す方向の一つに、石油製品への依存からの脱却があります。化学肥料の原料は化石燃料です。農業機械の燃料も化石燃料です。

馬耕はその両方を同時に減らします。燃料は草と水。肥料は馬糞。農薬は使わない。馬耕を軸にした農業は、化石燃料からの自立という有機農業の理想に、構造として最も近い農法といえます。
パーマカルチャーや、「レジリエンス」を謳ったトランジションタウン活動(石油ピーク気候変動、経済的不安定からの回復をめざす草の根のコミュニティ活動)の理念にも通じ、持続可能なコミュニティー作りのセーフティーネットとしての役割も担ってくれるでしょう。

 

土の生き物との共存

トラクターの重量と振動は、土中の生き物——ミミズ、微生物、菌根菌——にとって大きなストレスになります。一方、馬耕は土への物理的な負荷が小さく、土壌生物が生きやすい環境を保ちます。

生き物が豊かな土は作物が育ちやすく、病気にも強い。農薬を必要としない丈夫な稲や野菜は、馬耕によって土が生きていることと深く関係しています。

馬耕作業中の馬と馬方/北海道オシアンクルの畑

4.オシアンクルの馬耕

オシアンクルでは2頭の馬達と日々田畑を耕しています。
 

花雪

花雪は2017年の暮れ、3歳の時から私たちの家族となりました。馬耕犂での作業の際、馬はまっすぐ歩く必要が

あるので、畑に鍬(くわ)で一本の溝を掘り「みぞ、みぞ!」と声をかけながら練習したのが

花雪と最初の畑仕事でした。

今では、後ろで一緒に仕事をする人間の声や様子を気にかけながら

ゆっくりと力強く仕事をしてくれる頼れる「働く馬」です。

研修生がまず一緒に馬耕をするときはいつも花雪先生にお願いしています。

愛星

愛星は、2021年に私たちが北海道へ移住した同じ年、当歳(生まれたばかり)で家族となりました。

とても人懐っこくて、すぐに近寄りコミュニケーションを取ろうとする犬みたいな馬。

働く馬にかかせない「鈍感力」の持ち主で、物怖じせずに初めから水の張った田んぼや

障害物だらけの森、ブルーシート(馬にとっては謎の人工物)もお構いなくズンズン進む。

​仔馬の時から、花雪が仕事をしている田んぼで自由にさせていると、

後ろから一緒に溝を歩いていました。

​日頃のやんちゃぶりからは想像がつきにくいのですが、彼も今や立派な働く馬。

仕事となると、真面目スイッチが入って人が(馬が)変わったように仕事をしてくれます。

オシアンクル

長い冬が終わり雪がなくなると、田んぼに畑に一斉に大忙しの馬耕シーズンが始まります。

田んぼの馬耕、代かき、畑の野菜たちの為の土おこし、土均し。畝立て、溝掘り。

雑草を抑えるための中耕除草や土寄せ。

​じゃがいもを掘り起こすのも馬耕の仕事。

真夏は虻が多くなるので、仕事は一休み。

初秋から稲刈りが始まると、天日に干す為の手刈りした稲運び、

そして収穫の終わった田んぼや畑を、雪が来る前に全て馬耕で土起こし(秋馬耕)

もちろん農作業ばかりではありません。

青草シーズンには放牧地や畦の草をたっぷりと食べ、

森を駆け回り、熊笹を食べて環境整備をしてくれています。

食べるのも、仕事。

馬糞は稲藁と共にやがて土に還り、美味しいお米や野菜を育ててくれるのです。

馬がつくってくれる、オシアンクルの循環。

​土も森も季節も巡っていきます。

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